2016年1月26日火曜日

複本論争リターンズ

産経新聞Web「図書館で売れ筋の新刊本を貸し出すタイミングは?」(2016年1月24日12:00掲載)で新潮社の石井常務、日本図書館協会の森茜理事長が図書館新刊貸出猶予と複本問題についてのインタビューに応じられている。新潮社石井常務の内容は佐藤社長の発言踏襲したものに変わってきているが、いろいろと疑問もあったので、気になった事項について数字など少しまとめてみた。

改版情報
 2016/6/16 読者の書籍購入手段を追加。




文庫
  • 高い単行本を買うメリットは早く読める以外にない。文庫版では書き下ろし短編の追加など文庫版を買わせるための仕掛けがなされるが、結果として単行本購入は損に見えてしまう面がある。
  • 鉄道・バス通勤者には単行本は大きすぎて邪魔。
  • オリコンの2015年間ランキングを見ると単行本は「火花」の200万部越えを別格として2位「鹿の王(上)」でも27万部。文庫本だと1位東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇跡」80万部、2位東野圭吾「禁断の魔術」61万部、3位ルメートル「その女アレックス」54万部と売れ行きは文庫の方がかなりの差をつけて多い。
  • 最初から文庫版も出すべき。その際、値段差を圧縮する方向で見直せば良いのではないか。(単行本=愛蔵版として図書館、その作家や作品のファン向けと位置付ける)

新古書店
  • ブックオフ2013年販売冊数:2億7525万点(1/1〜12/31。ソース:新文化
  • 2013年新刊総発行部数は12億6227万冊(2015年出版年鑑)
  • 図書館の貸出数が新刊売上部数を超えたとの批判があるが(2014年貸出数 6億9527万7千冊)、ブックオフグループ1社で2.7億冊を取り扱っており影響がないというのは考えにくい。新古書店要因の分析も必要。
  • (参考)ブックオフの主要株主にはヤフー株式会社、大日本印刷とその子会社(丸善、TRC)、大手出版社(講談社、集英社、小学館)が列挙されている。

図書館
  • 一部資料費予算を潤沢に与えていると思われる自治体の図書館において複本が人口数千人で1冊(普通は1万人越える)で問題との指摘がある。そのような自治体は多いと考えにくい。
  • 一部過剰な複本を持つ図書館があれば具体的に名前を挙げて是正を求めていけばいいだけではないか。この事で全体の問題とするのは証明不十分。
  • 図書館の貸出ランキングは2〜3年前の本が多い傾向がある。複本が徐々に増えて貸出が増えていき、また新刊読んで気に入ったので過去作を借りて読むといった事が起きていると考えられる。貸出増=新刊貸出増の論証が必要。
  • 図書館の利用者は以下の3分類に分けられる。この比率も調べずに新刊貸出規制を実施すれば、2の層の読書からの離反を招きむしろ売上が下がる可能性がある。
    (1)本を借りるだけの人
    (2)本を借りるが書店でも買う人
    (3)図書館は資料調べのみで本は書店で買う人

本の内容
  • 出版年鑑2015によると、新刊書籍での文学分類書の出版点数は1985年6,920点、1995年11,427点、2005年13,595点、2014年13,484点と推移。(1994年以降は毎年1万点を越えている)
    13,000点越えは2004年、2005年、2012年〜2014年と続く。
  • 返本率が高止まりと言われている中で出版点数も高止まり。出版売上高が縮小している事ははっきりしており、初版部数が減る傾向がある事がわかる。
  • 日本の小説がつまらない、似たような内容のものが多いから買わないという事が要因の可能性もあるのに、現状著者もタイトルも明らかにされない中で増刷されなかった事が一方的に図書館の影響と批判された事もあった。
    この議論を続けるには具体的にタイトルを明らかにする事は必須。

書店数と発行部数
  • 書店数は減少(2004年→2014年で25%減)している中で店舗面積は増えている。これは書店が減っても大規模店が出来ているため。
    (ソース:JPO書店マスター集計表
  • 中小書店の廃業は収益性の悪さ、支払い条件の厳しさと先の不透明さから起きている。新規開業の難しい業種であることは1985年に開業した地方書店の方の話が妹尾河童氏のエッセイ(「河童の手のうち幕の内」に所収の「本を訪ねて北の果て」)に書かれていて、30年経っても厳しくなることはあっても良くなってはいない。
  • 発行タイトル数は8万に達して高止まりしている。その一方で初版部数は減少の一途をたどっており、中小書店が売りたくても回るだけの部数が刷られていない。

読者の書籍入手手段
  • 毎日新聞の第69回読者世論調査によると書籍入手手段はリアル書店が半分を占めており、図書館だという方は9%に止まる。
  • 朝日新聞「(図書館考)貸し出し猶予、「主張に矛盾」 図書館側が反発「本売れぬ要因は他に」(2016年2月17日掲載)によると、常世田教授が塩尻市、堺市の協力で2014年の貸出実態の調査を行った所、市の人口に対する貸出利用者比率はそれぞれ17%、11%となった。これは読者世論調査の書籍入手手段の図書館比率とも大きく乖離していない。
  • 日本図書館協会の年次統計で図書館利用カード登録数が出ているが、自治体による有効期限が大きく異なる(無期限の所もある)為、この数字で何か論じる事はできない。全国平均値で考えるなら読者世論調査の数値9%をベースで検討を行うのが妥当だと思われる。
  • 読者世論調査では書籍購入費の設問も設けられているが、年々額が小さくなっており、消費者の購買力の低下は明らか。文芸出版社が期待しているような単行本でのベストセラーが生まれにくくなっている構造が見て取れる。この点は文庫と単行本の関係の見直しでしか打開策はないのではないか。