2016年1月19日火曜日

ツタヤ図書館のライフスタイル提案が「本物」の市民へと到る道程

ツタヤ図書館における「本物」の市民(利用者)について、そのような事が何故言われているのかご存知ではない方も見られるようになったので、ツタヤ図書館の事業でのこの概念の発生経緯について、増田氏の著書などを元にまとめてみた。

表参道の喫茶店「レオン」への憧憬
 代官山 蔦屋書店について語った「代官山オトナTSUTAYA計画」という本に出ている話ですが、代官山 蔦屋書店のコンセプトは表参道にあったという喫茶店「レオン」が元。増田氏にとって著名なクリエイターなどが集まる場所として「レオン」は憧れだったといった話が書かれている。
代官山 蔦屋書店のプレミアエイジの人の集まる場所、そしてそれら以外の人達が彼らと同じ空間で珈琲を飲める場所にするというコンセプト、蔦屋書店やツタヤ図書館において「空間」という言葉がよく出てくる要因にもなっています。

 余談ですが、代官山 蔦屋書店では「森の中の図書館」というコンセプトも提唱されており、増田氏の中では書店と図書館の差違認識は小さいのではないかと推測させるものがあります。


代官山でのコンセプトを武雄市図書館へ応用
 『図書館が街を創る。 「武雄市図書館」という挑戦』P.124 エピローグで増田氏は以下のような事を書かれています。
「カフェの真の商材は珈琲というモノではない。それは書店の商材が書籍というものではないのと、ほぼ同義だ。そこに集まってくる人々が求めているのは、生活提案をしてもらうコトであり、さらにライフスタイルを見せてもらうコトでもある。いわば、モノの背後に広がるコトの豊かさを求めて、人々は"BOOK&CAFE"に集う。」
(中略) 
そこには多くの市民が集い、そこで多くのコトが行われ、語り合いの場ができるだろう。そこでやり取りされる提案に価値が生まれ、そこに集う人々自身の価値が高まる。そんな魅力的なコトが生まれる場を集まった市民みんなで創っていく−それが新しい「武雄市図書館」の目指すべき姿だ。それを実現するために、CCCは指定管理者となることをお引き受けしたのだ。」 
「レオン」に想を得た著名クリエイターが集まっているので、そこにいけば彼らと空間を共にする事が出来るという代官山 蔦屋書店のコンセプト。武雄市図書館ではそのような場を提供する事で市民の価値が高まるという考え方が示されています。

 増田氏は図書館指定管理者事業について直接インタビューや発言をされる事は2015年秋頃までは少なく、著書やインタビュー本で述べられている事が多かった。インタビュー本も増田氏の(地名)+「蔦屋書店」や「武雄市図書館」に持ち込んだ思想のアピールが主目的となっていて、図書館の市民価値論は理論的な体裁は取れていたとは言い難い。
 なお「市民価値」という言葉は武雄市図書館のコンセプトとして樋渡氏の口から当初頻繁に聞かれたものですが、増田氏の自著「知的資本論」では2回しか出て来ず、それも樋渡氏が増田氏の「顧客価値」という言葉を聞いて思いついて置き換えて「市民価値」と言ったという事が明らかにされています。

 武雄市図書館の指定管理者制度導入構想は2012年に発表されて、2013年4月にリニューアル開館しました。「市民価値」を巡る言説は武雄市図書館リニューアル開館後しばらく樋渡氏の発言が主となりました。次の動きが起きたのは2015年10月の海老名市立中央図書館のCCC指定管理者導入・リニューアルオープンの後の事になりました。


2015年秋の図書館総合展、高橋執行役員「本物に成長出来るストーリー」
 ハフィントン・ポスト  Chika Igaya「TSUTAYA図書館は何を目指すのか? CCCの責任者が語る現状と「未来」」(2015年11月15日1時34分更新) に図書館総合展でパネルセッションに登壇したCCCの高橋執行役員(図書館事業の責任者で海老名市立中央図書館長も兼務)が以下のような発言を行った。この際、プレゼンテーションのスライドでは三角ピラミッドによる市民の本物への成長ストーリーの概念が示されている。(元記事に写真掲載あり)
高橋さんはフォーラムの最後、「本物」に成長できるストーリーを示した。「カフェや本を読む目的で来た人に、他者の自主教育活動をかっこよく見せることを意識しています。それを見た方が、学びや市民活動の実行に参加して、『本物』になっていく。そういうモデルを作りたい。この理念にもとづく新しい図書館像が、地域において図書館の役割を提示していくことになると思っています」
 高橋氏による「利用者成長ストーリー」3階層ピラミッド図を見ると、「学びの実行/市民活動の実行」と「本物の活動を見せる」(写真では講演会の講師を掲載)によって利用者(市民)が「本物」となって知識レベル向上、生活レベル向上していく事が図示されている。
その為のインフラが「多くの人が集う場所の提供」=カフェ、本のある場所=CCC運営の図書館だという事を意味するのだろう。

 増田氏のコンセプトはここに来て、言い方には問題があるものの「理論」として図示される形に成長して本物となったように思えたが、その一方で『「本物」の利用者(市民)』とは何なのかといった批判も多く起きる事になりました。


図書館の役割とは?
 図書館とは書籍や新聞、雑誌を収集・提供する事で利用者の読書や調べものをサポートする施設だと定義出来ます。最近は起業支援コーナーの設置など行うところも増えていますが、図書館をどのように使うかは利用者側が主体的に決める事であって、その利用方法をサポート出来れば常設コーナーを設ける必要はありません。

 この観点で言えば「本物へ成長出来る図書館」「ライフスタイルを提案する図書館」というのは、利用者本人が考えればいい事であって施設運営者側が踏み込むべき領域ではないし、反対意見が多数出たのは同様のお考えの方が多いからだろうと思う。簡単に言えば余計なお世話、という事だからに尽きる。
 会社としては増田氏の意向、方針を執行役員が汲み取っており高橋氏の「本物」発言はきちんとその中に収まっています。ただ「本物」という言葉選びのセンスが悪く、またそのような事を私企業の範疇といえる書店事業ではなく、指定管理者でしかない公共図書館の「経営」において持ち出して来た事が誤りではないのかという事だけが問題だと思う。