2016年6月15日水曜日

朝日新聞 2016年6月14日「図書館考」複本批判記事の問題点

朝日新聞デジタル 2016年6月14日記事として「(図書館考)ドイツ編:上 人気本、貸し出し有料 2週間2ユーロ、収入で新たな本」(紙面掲載あり)が掲載された。いろいろと疑問があったので、こちらでまとめてみたい。




1. ドイツ図書館の有料貸出の謎
入ってすぐ目に入るのは「ベストセラーコーナー」の棚。ドイツのニュース週刊誌「シュピーゲル」に掲載された、その週の売れ筋上位1~20位の小説やノンフィクションなどが、それぞれ3冊ずつ並ぶ。貸し出しは2週間で2ユーロ(約240円)。延滞料もある。(朝日新聞)
ドイツの図書館で無料貸出(ドイツの場合、図書館によっては登録料を支払わないと貸出を受けられない館も多い)の他に2ユーロ/2週間・冊で無料貸出より早く借りる事が出来る図書館もあるという話で紹介されてます。

 ドイツの書籍の価格をamazon.deで調べてみると、2014年ノンフィクションベストセラーの「Der Junge muss an die frische Luft」は19.99ユーロ。日本でもヒットした「HHhH」のペーパーバック版は9.99ユーロだった。

2週間の貸出期間だと次の人が借りるまでの日数も考慮して3週間サイクルだと17回/年となる。1冊あたり34ユーロ/年=4,080円/年。年間10回程度は借りてもらえないと購入コストをペイしない。この費用で次のベストセラー本を買うという話、この価格では無理があるように見える。何か情報が足りてないと思う。(可能性としては有料貸出に置く期間が終わったら無料棚に移動するといった形で資料費の軽減に役立てているだけではないか)


2. 図書館の人気本の寄贈呼びかけ問題
高岡市立図書館(富山県)では数年前から、「読み終わったら譲って下さい」と、人気のある文芸書の寄贈を、具体的な書名をあげてホームページ上で呼びかけてきた。5月には、今年本屋大賞を受賞した宮下奈都の『羊と鋼の森』や、石原慎太郎の『天才』などがリストに並んだ。(朝日新聞)
この件はある作家がツイートで図書館がタイトル指定で寄贈を呼びかけるとはという問題提起をしたもの。私もこの件で図書館に何の正義もないと思う。図書館で資料費不足で複本を購入できないのであれば、その旨を利用者に説明して待ってもらう事を呼びかけるべき。利用者側でその事に不満を持つなら、利用者が自治体や議会に資料費増額の要望を上げていくべきであって、著者に全く寄与しない寄贈での本の調達は絶対にやってはならない事だと思う。

 この事件はそもそも複本事態の是非について論じられたものではないので、この記事の文脈で取り上げるのは不適当。記者が自分の記事のストーリーに無理矢理当てはめたようにしか見えない。


3. 塩尻市立図書館の複本上限

 塩尻市の複本ルールについて抑制気味だと言われていますが、ここで出ている数字は4冊まで。人口6.9万人で9館有する自治体ですが、1館あたり人口1万人を下回っており図書館密度は高い。1館1冊では過剰というのはとても良く分かる判断です。
4冊上限だと1.7万人/冊。この数字は図書館の資料費が適度に充実している世田谷区とほぼ同水準であり、適度に複本を充実させていると言って良い数字です。

 複本について議論する際はまず1冊あたり人口を調べておく必要がある。塩尻市のように「複本に抑制的」となっていても、1冊あたり人口を見れば資料費が潤沢な自治体の可能性が高い事は検証可能です。こういった確認をせずに記事にも何も補足がないのはミスリードは明らかで問題がある記事だと思う。
 なおベストセラーの複本冊数についていくつか自治体の数字を調べた際の記事を別途掲載しているので、こちらも見ていただければ幸いです。


4. まとめ
 ドイツ(に限らずフランスなど利用登録料を取る国はいくつかある)の事例を取り上げるのはいいと思うのですが、設定されている貸出料が果たしてどの程度の収入になり得るのか検討がされていない。収入が少なければ単に図書館の資料費の足しにする程度の話であって出版社・著者には何も貢献はしない。また有料貸出があれば利用者側は複本を増やせとの要望が強まるのが避けられない。複本抑制や著者還元といった話になるのかどうかちゃんと検討はされたのか疑わしい。

 識者コメントについては複本問題について数字を挙げて論証して記事にまとめた学術研究者もおられるのですが、何故、そういう記事を書いてない図書館情報学の先生に聞かれようとするのか謎です。(調べてみたら2011年に紙面論争までやられていたので誤解でした。陳謝の上、この部分は削除します)
何故、複本批判を批判する人からコメントを取っていないのか。偏りが生じていて不満が残る。

 複本問題は図書館、出版社・著者で分断された論争が続いている。
複本が数千人/冊と過剰な図書館(よほど税収が豊か自治体に限られる)については個別に批判されれば良い。
200万部を越えるようなベストセラーについては複本が多い自治体が多いが、これはベストセラーの中でも別格なので売り上げ機会を奪っているという観点が成り立つのか疑問。

 複本問題で明らかにされなければならないのは、読者の図書館、書店の使い分けがどのように為されているかではないだろうか。毎日新聞の読書世論調査を見ても本や雑誌にアクセスする手段としての図書館の比率は全国平均9%と低く、リアル書店が半分を占めている。
本を読む人は買う人が多く、その中に借りる人も含まれていて、借りるだけという人は少数というのが実態だろうと見ているが、どちらがどの程度を占めるのかアンケート調査は残念ながら聞いた事がない。この部分が明らかにならないと図書館と出版社・著者、書店の関係についてきちんとした分析は出来ないと思う。