2016年6月16日木曜日

朝日新聞 2016年6月15日「図書館考」消滅したようでしていないのか、貸出猶予期間問題

 朝日新聞デジタルの2016年6月15日掲載記事「(図書館考)ドイツ編:下 税金で作家に補償金 貸し出し回数に応じ生計支援」(紙面掲載あり)について、気になった点を調べてみた。

1. 公貸権について
(1)海外での公貸権事情
 日本図書館教会「図書館情報学の地平 50のキーワード」監修三浦逸雄・編集根本彰他 (2005年3月27日初版第1刷)の森智彦「V-2情報と権利 公貸権 日本での導入論について」では以下のように説明が為されている。
  • 基本的に公貸権=補償金としているが、国によって考え方が異なっており、ドイツの場合、著作者への社会保障制度の側面もある。(英国は財産権の補償とも明記)
  • ドイツ、オランダ、オーストリアは著作権法で公貸権が認められているが例外的で他の国は他の立法に依っている。
  • またこれら3カ国は出版社にも権利が認められている。(他の国は著作権者のみ)
  • 対象となる図書館は国によって異なる。英国、オランダは公共図書館のみ。大学図書館や学校図書館を対象としたり、全ての図書館を対象にしている場合もある。
  • 補償金の計算方式:図書館での貸出回数、図書館での所蔵冊数など国により異なる。
    ドイツは図書館での貸出回数と出版タイトル数の組み合わせによる。
  • 補償金の支払いは国の基金による所が多い。オランダとドイツは国と地方自治体が負担。

(2)謎の「著作者年金機構」
 朝日新聞の記事では「著作者年金機構」に公貸権(国と州政府が負担)の補償金の半額が支払われているとの事ですが、日本で紹介された事がないようで日本語で検索しても出てこない。英語、ドイツ語など検索していてようやくこの機構の正式名称は Künstler sozialkasse (略称:KSK)ではないかと推定。ドイツで仕事をされる日本人向けに保険アドバイザーの方が解説したページを見るとこちらは芸術家・フリーランスの作家・ジャーナリストに対して社会保険などを提供しているとの事で合っているように思える。


(3)公貸権補償金の著作者配分記述の謎
 朝日新聞によれば公貸権の残り半額は著作者に支払われる事になっているが、上述の「図書館情報学の地平」によると出版社にもこの権利が認められているとの事ですが、この部分は記事では書かれていなかった。


2. 日本の現状について
(1)ビデオ著作物の権利処理
 図書館で提供されているビデオ資料は、通常のセルDVDなどよりも高い特別な価格設定の「補償金処理済み」など明記された専用の製品が納入されている。公貸権と異なり購入価格に補償金が含まれており、貸出実績などで追加支払いが生じる事はない。


(2)「出版社11社の会」の謎
 「出版社11社の会」(または「出版11社の会」)の経緯について朝日新聞では以下のような解説が付されている。
「2002年に大手出版社による「出版社11社の会」が発足し、作家が希望した本は一定の貸し出し禁止期間を設けることなどを図書館側に求めた。」(朝日新聞)
文學界2015年4月号にこの会が出来た経緯と行われた取り組みについて当時の関係者であった新潮社の石井氏が触れている。
「そもそも図書館問題が提起されたのは2001年。私が編集していた「新潮46」に、作家の楡周平さんが「図書館栄えて物書き滅ぶ」というまことに示唆と刺激に富んだ論文をお書きになった。これがきっかけになりました。翌年に出版十一社の会を作り、そのまた翌年には、日本図書館協会の協力を得て公立図書館の貸し出し実態調査を行いました。ところがその後、あまり運動が進まぬまま今に至ってしまう。 」(文學界2015年4月号「文芸出版社と図書館」石井昂 P.167-168)
こちらの記事を読む限り、出版社11社の会で行ったのは図書館アンケート調査までしか行っていないように思える。貸出猶予期間の設定は2015年に新潮社がシンポジウムなどでアピールされていたのでその事を混同しているのではないか。


(3)新潮社のアクション
 今回の記事では再び新潮社の貸出猶予期間設定へのアピールについて触れてきている。
「昨年からは、新潮社や一部の作家らが、新刊書の貸し出しを発売から1年間猶予するよう改めて図書館側に要請する動きを見せるなど、議論が再燃しつつある。」(朝日新聞)

 J-CASTニュース「図書館が新刊本の寄贈を求めるの「やめて!」 小説家が「本売れなくて死んでしまう」と訴える」(2016/5/24 15:22)によると、
   図書館での新刊貸し出しについてはこれまでも様々な議論があった。15年10月に開催された全国図書館大会では、新潮社の佐藤隆信社長が、売れるべき本が売れない原因の一つが図書館の貸し出しだ、と発言した。一般的に初版の9割が売れて採算ラインに乗り、増刷分が利益になるが、図書館が貸し出したため、あと一歩で増刷できなくなった本が多数ある。今後は、著者と版元の合意がある新刊を「貸し出しの1年猶予」を求めたい。その要望書を15年11月にも図書館側に送る予定だ、などと語った。
 J-CASTニュースが16年5月23日に日本図書館協会に取材すると、要望書はまだ届いていない、という。(J-CASTニュース)

 ちなみに朝日新聞で「新刊貸し出し、1年見合わせて 図書館に作家ら要請へ 」という記事が載ったのは2015年10月29日。2月記事などでも朝日新聞は新潮社の動きに触れているが、現実には半年以上具体化していない。

 また朝日新聞2016年3月記事で日本書籍出版協会の図書館資料費増額へのアピールについて報じられた際には「関係者は「書協として貸し出し猶予を求めることはないだろう」と話す。」という事まで載せられている。

 このような状況なのに「議論が再燃しつつある」というのは何か報道されていないような動きがあるのだろうか。何故執拗に新潮社の動きを触れるのか私には理由が見えてこない。