2017年10月16日月曜日

2017/10/13 全国図書館大会 東京大会 文藝春秋社の主張を読んで

  2017年10月13日開催の全国図書館大会 東京大会での文藝春秋の松井社長発表予定の内容が「公共図書館の役割と蔵書,出版文化維持のために」(PDF)で公開され、朝日新聞ITmediaなどで取り上げられて議論となっている。
私も朝日新聞の記事を読んで、また図書館が買うなという内容かと思ったのですが、そう単純な内容でもなく、意外な事を発表された方もおられるので上記PDFより気になった点を挙げてみたい。


 PDFでは以下の方の発表内容が掲載されている。
  • 株式会社みすず書房取締役相談役 持谷寿夫氏
  • 慶應義塾大学 根本彰教授
  • 株式会社文藝春秋 松井清彦社長
  • 株式会社岩波書店 岡本厚社長

 以下に根本教授、松井社長、岡本社長の内容で気になった点について触れてみる(順番は掲載順とはしてないので注意)。


1.「出版と図書館を考える」慶應義塾大学文学部 根本 彰 教授


複本論争の消耗戦 


  根本教授は(1)複本などを巡る論争の経過、(2)図書館の資料購入が読者の購入を減らすような影響を与えているか、この分野の研究論文を引用して分析をされている。
  (1)では論争が一歩も前に進まないまま10年以上経過している事を指摘されている。(2)ではいくつか論文が示されているが貸出数と売上に相関関係はない事を示されているものなど紹介をされている。

最新研究から見た図書館の出版市場への影響はない


  最近の研究ではベストセラーリスト上位に入るものは複本があり貸出も多いがそれ以外は複本も少なく貸出も多くはないとの結果がまとめられているという。
図書館の資料購入から複本を増やすプロセスは予約の増大に応じて起きるため遅延が生じている事が示されており、貸出数ピークは新刊販売よりも遅れてくるという論文も引用されている。

  この種の発表では複本を含めた図書館の影響について少なくとも新刊出版物の売上に影響はしているとしても軽微であろうという事を打ち出した紹介はあまりされた事がないと思う。こういった最新研究結果をまとめて紹介された意義は大きい。


2.「専門書系総合出版社の立場から図書館を考える」株式会社岩波書店 岡本厚社長


  専門書の売れ行きが悪くなっているとの事で米国のように初版部数の低下(300〜500部)で助成金がつかないと専門書の刊行が出来ないような状況になるのではないかというような話も紹介されている。

  ただ、出てきた話の中で一番問題なのは公立図書館が購入している書籍と書店の売れ筋に違いがないという指摘だと思う。

  選書機能がおかしくなっている可能性(指定管理者制度や窓口業務委託によるアウトソース化、直営・外部発注関わらず進行している非正規雇用増大により非正規職の経験者ではなく経験の乏しい新卒正規職員が選書しているケースがあるという噂も見かける)、資料費の予算削減で専門書の購入よりもニーズのある文芸書などへの偏重が生じている可能性はあるのではないか。

 筆者としては専門書のストック機能は図書館では重要な機能だと思うので、きちんと向き合って欲しい話です。


3.「文芸書系出版社の立場から図書館を考える ―文庫は借りずに買ってください」株式会社文藝春秋 松井清人社長


松井社長の要望


  松井社長は文庫市場の低迷と明確なデータはないが文庫を購入する図書館が増えているのではないかとの仮説を指摘した上でこのままでは文芸書の刊行に影響が出るので文庫本の貸出を止めて欲しいとの要望を発表されている。

2015年新潮社の要望との違い


  まずこれまで新潮社が主張していた単行本を含めた貸出猶予という主張からみれば大変穏当だという事は指摘したい。2015年前後の新潮社の主張は文藝春秋に比べるともっと過激だった。

  朝日新聞の記事ではあまり文庫版の統計は出ていないとして、この数字を公開している荒川区の「荒川区の図書館」文庫版所蔵数・貸出数統計がある図書館の数字を引用して紹介している(P.44〜45)。
  筆者も他の図書館で文庫版の所蔵・貸出数の統計を出されているところを探したが、愛知県一宮市の図書館年報しか見つけられなかった。所蔵数しか出てないが3倍以上の差がある。

 東京都荒川区 文庫版所蔵数 94,503(17.9%)/貸出数 288,832(25.6%)
 愛知県一宮市 文庫版所蔵数 31,167(4.8%)/(文庫版貸出数は非公開)

なお一宮市の資料費は約8000万円の予算規模(人口約37万人、一人あたり216円)と潤沢な方なので文庫購入に走らず済んでいる面はあると思われる。

図書館は文庫版を買っているのか?
 ルメートル「天国でまた会おう」(早川書房)での検証


  松井社長の文庫版を図書館が購入しているという指摘は具体的な立証が困難であり、当の松井社長自身がそれは認めているように見える。

  ただ図書館の資料費決算額は2001年の353億円がピークとなっていて、2015年は284億円まで縮小している。(日本図書館協会「日本の図書館」2016年経年変化

  筆者は以前早川書房が愛蔵版と文庫版を同時発売した書籍(ルメートル「天国でまた会おう」)があったのでそちらをターゲットとして全国の所蔵傾向を調べた事がある。その数字を以下に示す。

 全国平均 愛蔵版のみ 60%/愛蔵版+文庫版 20%/文庫版のみ 20%

なお都道府県別で見ていくと地域差が大きく出ている。
詳細は「図書館は単行本と文庫版どちらを多く買っているのか」に掲載しているので参照下さい。

松井社長は「単行本を貸し出さないで欲しい」とは言っていない


  松井社長の稿では文芸出版社における文庫版の売上の重要性を訴えている。その上で文庫版の貸出は止めて欲しいとの要望を出されている形になっている。
冒頭でも触れましたが、新潮社は貸出猶予など一律規制を希望していたのでそこから見たら随分マイルドな主張されているという印象です。

  新潮社は調査タイトルや複本の多すぎるとした自治体の名前を一切明らかにしませんでしたが、そういう調査は行っていたとする発言をされてます。
  松井社長の今回の要望ではそういった調査はあまりされているように見えません。実際、特定タイトルでよければ大雑把にはなりますが調査は出来ない事はないのですが。こういった事を考えると現状は文庫版が出版社の売上に重要だと知って欲しいという所にとどまっている印象はあります。

 筆者としては「単行本を貸し出さないで欲しい」とは言われてないのはもう少し評価されていいと思う。(個別に聞いたら、そうしないでくれるならありがたいぐらい言われそうですが)

 図書館と出版市場の議論に進歩がないなあと思うのは図書館で借りる人が本を買わない人なのかという根本的命題について調査もなく「買わない」と断定されている事。
  自治体の人口における図書館利用比率は言うほど高いわけではありません。
多くの人は最寄りの書店かネット書店から本を得ている訳でこの点の調査研究も必要ではないか。なお毎日新聞社の読書世論調査/学校読書調査は一度調べてみましたが、図書館が出版売上にマイナスを与えているような要因は見いだせなかった(この調査は60年以上実施されている。書籍が毎年刊行されていて大きな図書館であれば所蔵していると思うので興味のある方は一度見られると面白いと思います)